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福岡地方裁判所 昭和32年(ワ)402号 判決 1960年6月28日

原告 馬場薫

被告 国

訴訟代理人 中村盛雄 外三名

主文

被告は原告に対し金四十万円及びこれに対する昭和三十二年五月二十三日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその一を原告の負担としその余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

「被告は原告に対し金八十万円及びこれに対する昭和三十二年五月二十三日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として

「(一) 原告は昭和三十一年四月十九日大分地方裁判所中津支部において、業務上横領罪により懲役一年六月の判決言渡を受け、右判決の確定により福岡刑務所に入所服役中、同年五月頃同刑務所第十五工場における作業を命ぜられ、該工場において主任看守訴外満生敬三の命により同工場内に設置された脱水機二台を使用して洗濯物の脱水作業に従事していた。

(二) 然るに右脱水機は何れも考朽していて、殊に一号脱水機については主軸下部の軸受部分が磨滅して主軸及びバスケツト(内部の廻転部分)は勿論脱水機全体の振動が激しく、又ブレーキは折損して既に取除かれたままであり、その他の附属部品も完全に装置されていないといつた次第で始んど使用に堪えない状態であつたので、原告は身の危険を感じて当時主任看守であつた前記訴外満生敬三やその後任となつた訴外鬼崎将等に再三、再四、機械の修理方を申し出でたが、一向に取り上げられなかつたため、已むなく右のような装置不完全の機械を使用して作業に従事するほかなかつた。就中右脱水機のバスケツトの廻転を停めるためにはブレーキがないので、主任看守の命により、危険ではあつたが、手にもつた雑布でバスケツトの縁を押えるようにして停めていた。

(三) 而して昭和三十一年七月三日午前八時三十分頃原告は作業に従事中右のような方法で右一号脱水機のバスケツトの廻転を停めようとしたところ、振動によつて生じた上枠とバスケツトの間隙部分に右腕を捲込まれて負傷し、その結果右上膊部中央部より切断するのやむなきに至り、そのため原告は精神的、物質的に多大の損害を蒙つた。

(四) ところで右脱水機は被告によつて設置及び管理されているところの国家賠償法第二条にいわゆる「公の営造物」に該当し、本件損害はその設置及び管理に瑕疵があつたために生じたものであるから、被告は同法条により当然これを賠償する責任がある。

(五) 仮に同法条の適用がないとしても、本件損害は、前記脱水機の装置が不完全であつて身体に危険であり、かつそのため原告からしばしば修理要求があつたにも拘らず、これを取り上げて脱水機の修理につき適宜の処置をとらなかつた過失によつて生じたものであるから、同法第一条第一項により被告は原告に右損害を賠償する責任がある。

(六) 而して原告が蒙つた損害額の明細は次のとおりである。

(イ) 金三十万円。但し原告が本件受傷の結果右上縛部切断のやむなきに至り、多大の苦痛をなめた上、一生不具者として生存せざるべからざる状態におかれた精神上の苦痛に対する慰藉料。

(ロ) 金百二十七万五千円。但し原告所有の田九段二十八歩、畑一段一畝五歩を原告及びその妻和子で耕作し、一ケ年純益金三十万円を得ていたので、その二分の一である金十五万円を原告の労働により収得していたことになるが、原告は本件受傷によりその労働力を半減したからこれを他より補充する必要を生じその労賃が一ケ年金七万五千円の割合で損害となるところ厚生省発表の日本人平均余命表により原告(本件事故当時満四十六年)が本訴提起の時である昭和三十二年五月十日からなお向う十七年間生存するものとして右損害金合計。

(ハ) 金二百四万円。但し原告が農繁期以外に他の仕事に従事し、右農業収入の外一ケ月約二万円、年額にして約二十四万円を収得していたところ、本件受傷によりその労働力を半減したので一ケ年の収入において金十二万円の得べかりし利益を喪失し同額の損害を蒙つたこととなり、原告が前記のとおり本訴提起の時から向う十七年間生存するものとして、右損害金合計。

(七) 以上総計金三百六十一万五千円は、被告において原告に賠償すべき損害額であるが、本訴においてはその内(イ)の慰藉料金三十万円、(ロ)並びに(ハ)の各損害金の内各金二十五万円合計金八十万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三十二年五月二十三日より支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する。」と述べた

<立証 省略>

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

「原告の主張事実のうち、(一)は認める。(二)のうちブレーキが取除かれていたことのみは認めるが、その余は否認する。(三)のうち原告主張の日時、場所で原告が廻転する脱水機に右腕をひきこまれ主張のように負傷し、切断するに至つたことは認めるがその余は争う。(四)以下はすべて争う。本件事故は専ら原告の過失に起因するものであつて、ブレーキ装置その他本件脱水機の構造、機能とは関係がない、即ち通常バスケツトの廻転を停める操作の方法は先ず脱水機の軸にかかつたベルトを所定の装置を操作して移動させ、ついでブレーキを足で踏むことにより、完全に停止させるのであるが、通常は右ベルトを移動させる操作のみでその後一分三十秒ないし三分足らずで完全に廻転が停止するのであつて、ブレーキ装置はそれを早めるための役割を果すに過ぎない。本件脱水機のブレーキ装置が故障になつてからは右ベルトを移動させる操作のみで廻転を停止することとしていた。従つて本件脱水機を停止させる為に手を触れる必要は毫もなかつたのに拘らず、原告は故なく手を触れて本件事故を惹起したものであつて、これはひとえに原告の過失によるものである。このことは従来原告以外の多数の者が本件脱水機をブレーキのないまま使用して来たにも拘らず事故は生じなかつた事実に徴しても肯定される。よつて原告の本訴請求は失当である。」と述べた

<立証 省略>

理由

(一)  先ず原告が昭和三十一年四月一九日大分地方裁判所中津支部において、業務上横領罪により懲役一年六月の判決言渡を受け右判決確定により福岡刑務所に入所服役中、同年五月頃同刑務所第十五工場における作業を命ぜられ、該工場内に設置された脱水機二台を使用して洗濯物の脱水作業に従事していたこと及び同年七月三日午前八時三十分頃原告が右作業に従事中一号脱水機(以下本件脱水機と称す)に右腕を捲込まれて負傷し、その結果右上鱒部の中央部より切断するに至つたことは当事者間に争がない。

(二)  次に証人高倉源作、同鬼崎将、同満生敬三、同吉積卯三郎、同鈴木一郎(後記信用しない部分を除く)の各証言、原告本人尋問の結果及び検証の結果を綜合すると、本件脱水機は昭和二十九年四月十日前記工場に据え付けられたものであるがその後ブレーキが度々折損し、その都度修理されてはいたものの、同年十月頃に折損したのを最後に、その後は修理されず、従つてブレーキのないまま使用されてきたこと、右ブレーキは脱水機内部の廻転部分たるバスケツトの廻転の停止を早めるものであるが、これがなくても上方のプーリー(調車)から脱水機に導かれているベルトを動車より遊車に切り換えることによつて効力源を断つた後、自然停止を待つてその廻転を停止せしめ得ること、しかしその間若干の時間を要するのでブレーキの有無によつて作業能率に差異が生じること、従つて作業員は能率を上げるために従来雑布をもつてバスケツトの縁を押え、或いは握るなどして圧力を加えることによつて停止を早めており、原告も前任者からの申し伝えに従つて同様の取扱をなし看守達も半ばこれを容認していたこと、しかしこの取扱は次に述べるような事情もあつて危険であるので原告は本件事故発生当時の第十五工場主任看守等にブレーキを取り付けて貰いたい旨しばしば申し出ており、同看守等もその必要を認めていたが、結局修理されないままであつたこと、なお、本件事故発生当時本件脱水機主軸下部の軸受部分が磨滅損耗しており、そのため廻転の始めと終りにはバスケツトはかなり激しく不安定な動揺を示し、又上枠を固定させてある三個のナツトのうち二個までがゆるんでいたことと相俟つて、右バスケツトと上枠との間に瞬間的にかなり広い間隙(静止中におけるバスケツトと上枠の間隙は約五糎)をつくることもあつたこと、本件事故発生当日は雨模様の天候で洗濯作業はなかつたが、原告は前日の洗濯物で脱水未了の分について脱水作業に従事していたところ、第五回目位の作業で、脱水機を停止させるために上方のプーリーから導かれてあるベルトを一応動車から遊車に切り換えた後、従来の例に従い、その停止を早めるべく、右手に持つた雑布でバスケツトの縁を握つた時バスケツトが大きく振動し、これと上枠との間に生じた間隙に右手を捲き込まれて本件負傷に至つたものであることを認めることができる。成立に争のない乙第一、二号証の各記載及び証人佐藤幸吉同鈴木一郎の各証言中右認定に反する部分は、たやすく信用し難く他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  ところで本件脱水機は、国家賠償法第二条第一項にいわゆる「公の営造物」に該当すると解すべきところ、以上認定した事実によれば原告の受けた本件傷害は畢意本件脱水機の維持、修繕等に不完全の点があつて、これがため、右脱水機自体が通常持つべき安全性を欠く状態にあつた結果生じたものであり、右は同条第一項にいわゆる「管理に瑕疵があつた」場合にほかならないから被告は原告が蒙つた損害につき当然これが賠償をなすべき責任があるといわねばならない。

(四)  被告は原告の受けた本件傷害は専ら原告の過失に基ずくものであつて、本件脱水機の構造、機能とは関係がないと主張するが前段認定に供した各証拠並びに右認定事実に徴し、本件事故が専ら原告の過失によるものとは認め難い。もつとも前掲各証拠によれば成程従来原告以外の多数の者が本件脱水機をブレーキのないまま使用して来たにも拘らず一度も事故は生じなかつた事実を認めることができるがだからといつてこのことを以て直ちに原告の過失を推認し得ない。却つて右認定の通り畢意本件脱水機の維持、修繕が充分でなかつたために安全性が確保されていなかつたことに起因すると認められるから、右主張は到底採用の限りでない。

(五)  そこで進んで原告の蒙つた損害額について考えてみると、

(1)  先ず財産的損害については、

(イ)  成立に争のない甲第四号証ないし第七号証に証人馬場和子の証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は従来妻と共に田九段二十八歩、畑一段二畝十九歩(これらの所有名義は原告の亡父母、妻、弟になつているけれども、実際上は原告夫婦において耕作し、収益していたものと認められる)を耕作していたが、本件受傷により労働力を著しく減退し、原告は辛うじて草取り、肥料運搬等のみをなし得るに過ぎず田鋤、稲刈麦刈等の作業には従事することが出来ないで、これらの作業には原告の労働力を補うために他より人夫を雇うことを余儀なくされ、その労賃として昭和三十四年度において田鋤賃金三万円、苗代の作業費金三千円、稲刈と麦刈の作業費金二万六千五百円、以上合計金五万九千五百円の支出を要したことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。(原告は毎年金七万五千円の支出を要するかのように主張しているが、右認定額以上の労賃支出を認めるに足る証拠はない)。しかして特別の事情がない限り、昭和三十二年度並びに昭和三十三年度も右と同額の支出を要し、かつ将来も毎年同額の支出を要するものと推認するのが相当である。

次に成立に争のない甲第二号証によれば、原告は明治四十三年二月十八日生で本件事故発生当日は満四十六年であることが認められ、かつ満四十六年の日本人男子の平均余命年数は二十四、七一年であること当裁判所に顕著な事実であるから(厚生省統計調査部作成の第九回生命表(修正表)参照)原告は本訴提起の時であること本件記録上明らかな昭和三十二年五月十日より少くともなお十七年は生存し得るものというべきであり、かつ、本件受傷がなければ少くとも右期間は農耕に従事し得たものと認めるのを相当とするから、結局原告が本件受傷により右十七年間に支出を余儀なくされる金額をホフマン式計算法で中間利息年五分を差し引き本件事故発生より後である本訴提起当時における一時払額に換算すると、金五十四万六千七百五十六円となること計算上明らかである。而して原告は本件受傷によつて少くとも右同額の損害を蒙つたものというべきであるから、被告たる国に対してこれが填補賠償を請求し得るものというべきところ、証人三上顕の証言及び原告本人尋門の結果によれば原告は本件受傷当時福岡刑務所の刑務官会議の議により、災害補償費として国から金三万円を支給されていることが認められるので右金額を差し引けば、結局原告が被告に対して請求し得る金額は金五十一万六千七百五十六円となる。

(ロ)  又原告は農繁期以外に他の仕事に従事して収入を得ていたところ本件受傷により労働力半減し、ために将来得べかりし利益を喪失したと主張するけれども、原告がその主張するような将来の得べかりし利益を喪失した事実を認めるに足りる証拠はない。もつとも真正に成立したものと推定される甲第八号証に証人馬場和子の証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和二十九年四月十日より昭和三十年十二月二十五日まで訴外元中津交具株式会社に勤務し、午後一時より午後八時までの間右訴外会社の文具販売並びに集金等の業務に従事して月収金二万四千円を得ていたことが認められるが原告本人尋問の結果によれば原告は右昭和三十年十二月二十五日をもつて右会社を退職した後は他に就職した形跡は見当らないのみならず、刑を終えて刑務所を出所した後には原告としては右のような就職をする意思はなかつたものと認められるから右金額を以て直ちに将来得べかりし利益ということはできず従つてこの点に関する原告の請求は失当である。

(2)  次に原告が本件受傷によつて精神上多大の苦痛を蒙つたことはいうまでもなく明らかであるから、その慰藉料の額について考えると、原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第一号証、前顕甲第二号証、第四ないし第八号証、成立に争のない甲第三号証並びに甲第九号証ないし第十三号証、証人三上顕同馬場和子の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合して窺知される原告の本件受傷の程度、職業、年令、家族の状況、資産状熊等諸般の事情を勘酌し、金十五万円をもつて相当と認める。

(六)  以上の理由により被告は原告に対し財産上の損害として前記(1) の(イ)の金五十一万六千七百五十六円の範囲内で原告が本訴をもつて請求する金二十五万円並びに(2) の慰藉料金十五万円合計金四十万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること本件記録上明らかな昭和三十二年五月二十三日より支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて原告の本訴請求は右の限度において相当であるから認容し、その余は失当としてこれを棄却し、民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 渡辺桂二 佐藤安弘)

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